ころねお嬢様の対決 2

「えーと、お茶をお持ちしましたぁ」

 いつもの舌足らずな声で言いながら、さとりさんがお茶を配っていく。
 コンピ研部員。さとりさんが手渡しで賜ったお茶だぞ。味わって飲むように。

「……さて、起動するまでにもう少し掛かりそうですし、ちゃんと説明書を通読でもしておきますか」
「そうだな」

 電話帳じみた冊子をテーブルの上に置き、ページを開く。
 目次から先の数ページは操作説明だったが、やり方は前作とほとんど変わっていない。
 深さの変え方やサブコマンドの呼び出しのやり方だけ確認して次に進む。

 ページをめくると艦種説明とでかでかと印字された字が目に入った。
 駆逐艦や戦艦といった種類が、それぞれの特徴と共に説明され、白黒印刷されたCGと一緒に載っている。
 ガンダムやら何やらで、どこかで見たようなデザインばかりだが、CGはかなり綺麗だ。下手をすればプレステ2のゲームに出ても違和感がない。

 俺が感心すると、コンピ研部長は得意げに胸を張った。

「部員でデザインを詰めて、サクヤさんがCG化してくれたんだ。凄いだろう?」

 まあサクヤが凄いのはよく分かった。
 ところでこの軽巡洋艦、どうみてもサラミスなんだが。

「そ、そんな事ないよ!」

 俺の呟きが聞こえたのか、PCを操作していたコンピ研部員がマッシュルームカットを揺らして立ち上がった。
 四角いフレームの眼鏡をキラリと光らせ、口角泡を飛ばして俺に詰め寄る。

「確かにちょっと似てるかもしれないけどさ、細かいところは全然違うよ!
 サラミスは単装砲だけど僕のは連装砲だし、
 サラミス艦首はミサイルランチャーだけどこっちはビーム砲になってるじゃないか。
 艦橋の位置だって違うし、よく見てよ。全然違うじゃないか!」

 細かいとこが違うって事は、大まかには同じって事じゃないのか?

「うぐ……」

 俺の反論に言葉を詰まらせ、コンピ研部員はショボショボと席に戻って作業を再開した。
 ふっ、勝った。

「で? まだ『いんすとうる』って終わらないわけ?」
「あと2分なんですから待ってくださいよ」
「遅いわね2秒でやりなさい」
「だから無茶ですってば」

 絡まれた部員君には悪いが、今回はころねも大人しく待っているといっていい部類だろう。

 俺は気にせずマニュアルのページをめくった。
 次は艦隊編成についての説明だった。

 編成は駆逐艦単位のポイント式。
 ようは最初に『駆逐艦で○隻分』の戦力が与えられ、そこから他の艦種を買っていくシステムだ。
 軽巡洋艦駆逐艦100隻分、重巡洋艦は300隻分、戦艦は500隻分、空母は2000隻分と値段が付いている。
 つまり最初に1000隻の駆逐艦を与えられたなら、戦艦1隻と駆逐艦500隻や、重巡洋艦3隻と軽巡洋艦1隻、といった具合に艦隊を編成しろということらしい。
 当然、駆逐艦1000隻のままで出撃してもいいが、戦車に向かって歩兵で突っ込んでいくようなものだな。

「だからといって戦艦2隻では駆逐艦1000隻には勝てない。編成はしっかりバランスを重視してやるべきでしょうね」
「そうだな」

 俺は頷いて㎡に同意する。
 いわゆる『歩のない将棋は負け将棋』というヤツだ。
 まあ㎡はそういった事は理解しているくせにボードゲーム全般がからっきしなわけだが。

「きっと現場指揮よりも作戦参謀が向いているのでしょう」

 破格の待遇をしたとしても、せいぜい顔と話術で立ち回る調達係が関の山だな。
 特攻野郎でいうならテンプルトンの役回りだ。

「四話に一度は素晴らしいロマンスと巡り合えるわけですね」
「言ってろ」
「ええと、つまり……」

 肩をすくめる㎡の隣では、さとりさんがマニュアル相手に湯気を吹いている。
 どうも艦種が増えたせいで、何が何だか分からないらしい。
 まあ、朝比奈さんが巡洋艦と空母の見分けを付けられなかったからといって、何一つ問題はないわけだが。

「操作方法は前回と同じみたいですし、気楽でいいんですよ」
「あぅ……ありがとう、執事くん」

 マニュアル本を胸に抱えて、照れたように顔を赤らめる姿は殺人的だ。
 ころねにさとりさんの半分でもこの慎み深さがあれば、俺の精神安定にはずいぶんとポジティブな効果があるように思えてならないが、そこまでは期待できないだろう。せめて1%なりとも、とは思うが。

「終わったーーーっ!」

 ばん、とテーブルに諸手を叩きつけてころねが叫ぶ。

「ええ、終わりましたよ」

 ずっところねに絡まれていたコンピ研部員がぐったりとした様子で席を空ける。
 いやはやご苦労な事だ。
 ついでにころねの隣でワガママを聞く立場の心労について理解してくれたなら、俺に対する同情と畏怖の念を周囲に広めてくれてもバチは当たらないと思うぞ。

「ぶつくさ呟いてないでさっさと始めるわよ、みかりー!」
「へいへい……」
 というわけで俺たちはコンピ研の連中に横から指導されながら、ゲームを開始した。

 結論から言ってしまえば今回の俺たちは結構、上手くやった。
 敵のコンピューターのレベルを低めにして貰ったというのもあるが、前回の無様な全滅ぶりからすれば相当な進歩だ。
 俺と㎡はそれなりに敵を打ち倒しつつ、戦闘機や機雷のような新しいコマンドを試してみる余裕があった。
 さとりさんは艦隊数を二倍に設定したわけだが、ゲームが苦手なわりにはよく戦った方だろう。
 分艦隊も封印されて艦数も半分だったとはいえ、長門は言うまでもない。
 そしてころねはというと、なぜか鶴翼陣形が大のお気に入りになってしまっていた。前回、コンピ研部長の旗艦を袋叩きにしたのがよほど脳汁モノだったのかもしれない。

「よし! 掛かったわ!!」

 嬉々として敵を引きつけ、高笑いと共に包囲殲滅していく姿はけっこう様になっている。
 まったく、同じチームになりたくないとは言ったが、敵にも回したくないヤツになっちまいやがって。

「まあ味方にするには強いほうがいいし、敵に回るなら歯応えのあるほうがいいだろう」
「そーいうもんかね」
「ま、明日のくじ次第さ」

 俺の画面を覗き込んでいるコンピ研部長と毒にも薬にもならない会話をしている間に、ころねはまた小規模な分艦隊を追い掛け回してはしゃいでいた。

「逃げるんじゃないわよ! あー、もう! さっさと沈みなさい!」
「あ、あのころね、あんまり追いかけると……」
「旗艦。危険深度。更に敵艦、直上に多数」

 サクヤの冷静きわまるアナウンスと同時に、ころねの艦隊を猛攻が襲った。真上から撃ち下ろしてくる敵艦隊だ。

 宇宙艦隊戦に上だの下だのがあるか、と思うかもしれないが、このゲームにはあるのである。
 具体的には、深度10を越えると自動的に艦隊を葬ってしまう恐怖の木星引力圏がある方が下だ。
 そしてころねの艦は敵を追いすぎていまの深度は10。そこに攻撃を食らったノックバックで深度を1下げられると……。

「あー、もう! なんでいきなりコントロールできなくなるのよ!!」 

 そんな悲鳴を残して、うちの総大将は木星に引寄せられて流れ星になっちまいましたとさ。
 暗くなった画面にはゲームオーバーの文字が憎ったらしく踊っている。

「くーやーしぃーーーっ! こうなったら通算で勝つまで止めないわよ! ほら、もう一度やる方法教えて!」
「あ、ああ。タスクバーからこれを選んで、艦隊を再編成してからスタートを……」

 やれやれ、まだやるつもりか。
 それなりに面白いからいいが、ゲームは逃げないというのに必死なもんだ。
 俺は肩をすくめて艦の再編成にとりかかる。
 今度は空母を少し増やしてみるか。

「さて、後は分からない事があったらマニュアルをみてくれ。僕らはそろそろ戻るよ」
「そうか」

 団長様は編成に夢中なようなので、代わりに俺が答える。
 狭い部室じゃないが、コンピ研の連中まで詰め込むとさすがに容量オーバーだしな。
 そんな事を考えて俺は戸口に視線をやって。
 息を呑んだ。

「執事君?」

 思わず立ち上がった俺に、さんが不審そうな声を上げる。
 俺を驚かせたのはさとりさんなのに、さとりさんは驚いた俺を見て驚いている。まったく、頭がこんがらがる。

「悪い、少し急用ができた。適当にやっててくれ」

 それだけ伝えて、俺は闇軍団の部室を飛び出した。

「あ、ちょっと、みかりー!?」
「どうされたのでしょうね?」
「……異時間同位体
「サクヤさん。いじかんどーいたい、って何ですかぁ?」
「つまり、あなたの事」

 俺は廊下に飛び出すとさっと左右を確認した。
 居ない。
 居ないが、ほのかな香水の香りが残っている。
 さっきまで彼女がここに居て、戸口から部室を覗き込んで、俺にウィンクした。それだけは確かな事だ。
 普段は使わない鼻をフルに活用して、香水の匂いを辿る。
 階段を二段飛ばしで昇っていき、最上階へとたどり着く。

「さとりさん!」

 俺は屋上のドアを乱暴に開けた。

「久しぶりね、執事くん」

 落ち着いた、それでいて良く通る声が俺の耳朶を撫でる。
 そこには特盛りバージョンのさとりさん(大)が、屋上の風に亜麻色の髪をなびかせながら佇んでいた。


続く…