ころねお嬢様の対決 1
「あ〜、退屈ね。何か面白いこと無いのかしら」
ころねにとって季節は大きく二通りに大別される。
ひとつは『退屈な時』で、もう一つはそうでない時である。
つまるところこれは退屈な時に言うころね流の時候の挨拶と受け取る事もできるわけだ。
実際、闇軍団の部室は他人から見ても退屈な光景だと思われる。
俺と㎡はチェンジ3回のポーカーを延々と続けている。チップはマッチ棒だ。
さとりさんはいつものメイド服姿で本棚の整理中。サクヤは今日は姿もみえない。
そして我らが団長こところねは、闇軍団ホームページのカウンターをカチカチ回している。
時候の挨拶も出てくるというものだ。
テーブルの上に置かれた五台のノートパソコンも微妙に寂しそうに見える。
そりゃそうだ。
ころねが退屈のあまりソリティアをやった6分25秒とマインスイーパーの3分23秒。
それから俺が『The Day of SagittariusⅢ』の一人プレイを攻略した4時間。
コンピ研からぶんどったノートパソコンの総使用時間はしめて4時間9分48秒である。
ここまで完璧に部室のインテリアにするぐらいならコンピ研に返却したいものだが、団長のことだ。意地でも置いておくに違いない。
そのうち型落ちしてホコリが積もって誰も使わないまま電気街の中古屋に流れ。うん、哀れなパソコンの末路は決まったな。
「退屈と認識したのなら、何が退屈ではないのかも理解できるでしょう。
そうなればころねさんが退屈でないと思う事をすればいい。
それとも少し待ってみるのも良いかもしれません。
ひょっとしたら面白いことも案外、外からやってくるかもしれませんよ」
3と5のフルハウスを出しながら、㎡がいつものいかがわしい笑顔でころねに言う。
毎度の事ながら毒にも薬にもならん事しか言わないな、コイツは。
「そんなに簡単なもんかね」
俺は手札を表返した。ストレートフラッシュ。㎡がレイズしまくった15本のマッチ棒をいただく。
「ええ、向こうからやってくる場合には、ですが」
㎡がいけ好かない笑顔を向けてくるのと同時に、面白い事はやって来た。
ガチャ、と部室の扉を開いて、サクヤを引き連れたコンピ研部長の姿で。
「今日はちゃんと全員揃っているみたいだな」
ドアを開けたサクヤの肩越しに、コンピュータ研究会部長、略してコンピ研部長が不敵な表情を浮かべる。
サクヤは部室に入ってくるなり、ツカツカ定位置のパイプ椅子に腰を下ろす。
俺はさとりさんの淹れてくれた煎茶を啜りながら、事の成り行きを傍観する。
「またアンタ達? この前ギタギタにされたのにまだ懲りてないわけ?」
ころねが調子抜けしたように言う。
ところでこの前のゲームでコンピ研をやっつけたのはサクヤだったと思うぞ。
「十分懲りたさ。今回はパソコン賭けるような無茶はしない」
ころねに挑むだけで十分無茶だと思うのは俺だけか。
「とりあえず、このゲームを受け取って欲しい」
部長の後ろで控えていたコンピ研部員のひとりが、ころねにゲームを手渡す。なんとDVD‐Rだ。
「The Day of SagittariusⅣ、ね。この前のアレと何か違うの?」
「とても違う」
胡散臭そうに尋ねるころねに、コンピ研部長はふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべる。
ⅢがⅣに変わっただけでずいぶんエラそうだな、コイツ。
「サクヤさんの協力で全データ一新。
これまでの平面座標から深さの概念が加わった三次元座標式になったし、艦種もコマンドも大増量。
何よりCGの導入で視覚的にもバージョンアップしてるんだ。もはや別のゲームといっていい」
つまり、サクヤが別のゲームに作り変えちまったってことか?
「これもサクヤさんの協力があっての成果。という事でテストプレイの一環として闇軍団に勝負を申し込みたい」
「ふーん」
説明を聞いていたころねが鼻を鳴らした。
顔にはしっかり、退屈しのぎにはなりそうね、と書いてあったが。
「いいわ。今度もまた闇軍団の大勝利で飾ってやるんだから」
「あー、それなんだが……」
コンピ研部長はころねの発言を押し止めて口を開いた。なんとも命知らずな奴だな、おい。
「今回は混成チームで勝負しないか?」
「混成チームぅ?」
ころねが素っ頓狂な声を上げた。
しかし、瞳の輝きが変わったのを見ると興味津々のようだ。
どうやら『混成チーム』なる単語がころねのスイッチを入れちまったらしい。
「それはつまりクジ引きでチーム分けして執事や㎡くんが敵になるってことよね?」
「なんでそんな限定的なんだ?」
俺のツッコミを無視して、ころねが目を輝かせてガッツポーズする。
「その話、乗ったわ! 当然勝ったチームの総大将は負けたチームに命令して結う事を聞かせるわ。絶対服従! 逆らったら死刑だから!」
ころねは相変わらずもう勝った気でいるんだな。
できればコイツと同じチームにはなりたくないもんだ。
「ま、まあ承諾は貰えたみたいだし、さっさとインストールして退散するとしようか」
コンピ研部長が気圧されて顔を引きつらせながら言う。
まったく、今から負けててどうする。
「おっけー。明日には対決よ!」
「慣れるために少しは時間を頂いたらどうですか? この前は一週間だったわけですし」
「却下。あたしはさっさと遊びたいの」
「左様ですか。ではご随意に」
㎡はにこやかにころねに答えながら、コンピ研部員からちゃっかりマニュアルを受け取っている。
俺もマニュアルを手渡されたが、なんとも手にずっしりと重い。電話帳か、こりゃ。
「システムが複雑化してますね。
基本動作だけなら前作とそう変わりはありませんが、オプションとして採れる有用な行動は数百通りはあります」
取説をパラパラと斜め読みしながら㎡が言う。
「そんなに沢山、覚え切れんだろ」
「いえ、大丈夫でしょう」
㎡の大丈夫は、三割方あてにならんから困る。うさんくさい微笑みがつくと更に二割り増しだ。
「五割信用して下さるなら十分ですよ。
コマンドは使いそうなものだけ覚えれば十分ですし、
『機雷を撒く』とか『戦闘機を発進させる』みたいなコマンドが百種類あっても、覚えきれないという事はないでしょう」
「まあ、やってみない事にはなんとも言えないが……」
俺はちらりと視線をテーブルにやった。
コンピ研部員は、前回強奪したパソコンをていねいに起動し、ディスクを読み込ませている。
団員用のノートパソコンは何故か、サテラビューを搭載したスーファミみたいな底上げがされている。
外付けのオプションユニットにしても豪勢なデカさだが。
「ノートじゃグラボの性能が足りないから、容量と一緒に外付けで増設したんだ。Ⅳになってから、必要スペックも上がってしまったんでね」
俺の疑問に答えるようにコンピ研部長が説明した。
それにしてもグラボってグラフィックボードの事だよな?
五台分も用意するとは、コンピ研は以外に金持ちの部活なのかもしれない。
「不正規品なら安いもんさ」
おい、今なんか聞き捨てならない事を言わなかったか?
「いやあ、アキバの露店をうろついてたら偶然ね。変に人の良さそうなオジサンと綺麗なメイドさんがタダ同然で譲ってくれてさ」
そりゃ㎡の組織の連中だっつーの。
俺が胡乱げな視線を向けても、㎡はスマイルを崩さない。
まあ、コイツの表情を崩すのは至難の業なんだが。
「ころねさんの心の平静を保てるなら、安い経費だとは思いませんか」
いけしゃあしゃあと言ってのける。
なるほど確かに無人島をひとつ貸し切りにするよりは安上がりかもしれないな。
どっちにしても壮絶な無駄遣いだが、俺の知った事じゃない。
「で? まだ遊べないわけ?」
「無茶言わないで下さい。インストールにあと5分は必要なんです……」
ころねに画面を覗き込まれたコンピ研部員がどぎまぎしながら答えている。
「15秒でやりなさい」
「んな無茶な」
今のは多分、どっかの艦長か整備班長のマネがしたかっただけだな。
続く…